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はつかさ会 [雑記]

 つかさ会は、次回土曜日13日


本厚木のくまちゃんにて開催です。


参加希望者がいれば、開催。
それが基本的なスタンス。
それで、初回の開催は結果
自分も含め入れ替わり立ち代わりで
結果12名の参加をいただきました。
ちょっとでも、牌を握りたい、
そんな感じが伝わってきて
とても、ほんわかな滑り出しでした。
まあ、今年もいろいろな麻雀と出会うことができるのかな、と
少し、楽しみにしております。
つかさ会は、勉強の場。
4人で打つ麻雀を勉強するための場として
活用したい、という想いが常にある。
点棒レベルの麻雀や
手牌都合の麻雀、
自分勝手な麻雀、
のステージを早く卒業して
麻雀の魅力の深い部分を味わっていただきたい、
そう思っている。
個人的には時間制限のある対局においても
オーラスまで回らないことは、非常によろしくない、
と考えているので、とにかく局を回したい。
なので、つかさ会では、
一撃の勝負攻撃ではなく、横移動を戦略の軸に。
親番を回さない為の連荘(時間制限アリの対局)
不確定要素の排除(裏ドラの増える加カンの自粛)
卓操作のための食い仕掛け
自分の親番は一撃のみ和了。
などを、自分で勝手に心掛けている。
そうすることで、場はよく見えるようになった。
成績のブレも少なくなった。
自分の手牌を軸とした視界を離れ
対局全体を俯瞰する感覚で打つ。
このことの効果は非常に高い。
だけれど、それと引き換えに
なんというか、手牌に対する執着が薄くなってきている。
なんだか、器用に立ち回っている感が拭えないのだ。
帰省中にも、麻雀を打った。
それほど、多い回数ではなかったけれど
よい麻雀だった。
自分の麻雀がよい、というよりは
同卓者の麻雀への想いが熱かった。
手牌を最後まで信じて、ギリギリまで攻撃している。
ツモ和了にかける牌組。
その攻撃的な麻雀を受けて
「私だったらそんな非効率なことはしない。」
「他家を使ったほうが楽じゃない」
そんな風なことを、最初は感じた。
親の先制リーチに、染め手の西家。
そこに北家から、追いかけリーチが入る。
東場の浅い時期だ。
どうして?
横移動で状況を作ったほうが楽じゃない?
そんなことを思っていると、
自分も3457に絶好の6ソウを引いて
3面待ちのテンパイが入る。
こんなの曲げられない。
横移動を待って、受けるべき局面だ。
そうおもって、ふと以前の自分なら、と思った。
以前の自分なら、この場の状況から
横移動にかけることが良い選択だ、と
理解したうえで、リーチを打っているはずである。
・3人が攻めている状況で、自分にも戦える聴牌がはいった。
 どうして、6ソウを引いたのか?
 手牌が和了したがっているんじゃないのか?
 このテンパイを信じてあげなくてどうするだ?
 ここで勝負にでて負けても、また戦えばよい。
 何度でも、何度でもテンパイにむかえばよい。
そう、考えているはずだ。
手牌に賭ける「和了に賭ける」というやつだ。
 そもそも、麻雀というものは、
 場の状況を鑑みて、和了をめざし、上の着順をめざすものだ。
 場の状況を鑑みて、卓操作を行い順位をひろうものではない。
 そうなんだ。
 でも、つかさ会で、私が「全局攻撃参加」で
 「局を回さない麻雀」なんて打ったなら
 「勉強にならないし」「めいわく」だと思うのだ。
・・・・・・・・・・・・
 でも、それを理由に「手牌を見切ること」は
 とてつもなく思い上がっている気がする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなことを、戻りの新幹線の中でも考えながら
迎えたつかさ会の初回だった。
「今日の対局で麻雀が答えをくれるだろう。」
そう心のどこかで、思っていたことも事実である。
しのぶんのてきとにっき↓

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