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ほんとうのこたえはひみつだよ [雑記]


つかぴょんです。


財布落としたひとを、笑ってたなら


無記名Suica落としました。


東京駅記念Suicaだったので、記名式にできなかったの。


私はよく、ものをなくすのですが、


その都度、母親は「よかったね」というんです。


財布をおとしたときも


悔やんでしにそうになっているわたしに


「ゆうさん、よかったね。財布がみがわりになってくれたんよ。」


と。


要するに、財布を落とさなければ


もっと、ひどい厄災がおとずれていたんだよ、


財布がそれにかわってくれたんだよ、って。


まったくもって、根拠レスだけれど


そういう考え方もあるんだな、っておもいました。


どんな事象にも、考え方や受け止め方は、たくさんあるんだなあ


きっと正解なんでないんだと。


以下、つかぴょんの私見です。

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まーじゃん。


慣れてくると、だいたい「カンチガイ」してくる。


まあ、カンチガイというカンチガイをしている可能性もあるけれど。(それな!)


打牌に正解がある、というカンチガイ。


答えはひとつ、だというカンチガイ。


麻雀、信じるところはひとつであっても、


答えがひとつ、はちょっと横柄だ、と思う。


自分も一時期「一つの答え」を求めて


すいぶんと、視野が競作していたから。


もちろん、それが、正解を求めることを目的としてる問題であれば、


正解は存在するだろうけれど。


麻雀にあるのは、正解と思われるマジョリティだけだ。


そして大切なことは、その理由を自分なりに反芻して


本当に自分の中のひとつの可能性にかえること。


ならべられた他人の正解を、組み合わせて


歩んで行けるほど、麻雀は簡単じゃあない。


つかさ会では、自分で考える力を身につけてほしい。


他人の打牌理由を疑って


自分ならどうするかな?あのひとならどうするかな?


と、深く深く何通りもの可能性を考えて


自分の打牌として、刻み付けること。


おおきく、局面を俯瞰して様々な可能性を想定すること。


その死屍累々の思考の上に


そのひとの麻雀の集大成として


そのひとの『麻雀の打牌」が生まれる。


借り物ではない、その人の打牌。


打牌の理由は、それくらい重い。


無限の思考を巡らせて、それの情報処理を


「自分のツモ番」までの時間で行うことは


とても、たいへんなこと。


でも、だからこそ、日ごろの勉強が問われるのだ。


瞬間で場の状況を読みとるためには


自分の力で、膨大な思考から


必要なものを瞬間的に判断する力が必要。


そのためには、日ごろから


自分で、たくさん考えてなくちゃいけない。


私が、つかさ会運営している理由は、


そのひとの想いのこもった


そのひとの麻雀を知りたいから。


きっと、それが、麻雀のホントウだと


信じてやまないからだ。








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